新年、明けましておめでとうございます。

皆さま、お正月をいかがお過ごしですか?

私は、元旦は、お仕事をさせいただいていましたので、

初日の出は、仕事先である小豆島で拝みました。

本当にパワフルで、直接、第3の目にズバッと差し込んでくるパワーを感じました。


一年前の元旦の出来事を少しお話させていただきます。

昨年の元旦は、時折、雪が舞う寒い朝で、空も一面、黒い雲に覆われていました。

そんな中、昨年も今年同様、ラジオの中継に出ておりましたが、

最初の中継時刻である7時半頃。

もう、とっくに日の出時刻は過ぎていますが、

全く、その姿を感じることのできない暗い空を眺めていると、

中継時刻の1分ぐらい前から、ある個所だけ次第に明るくなり始めました。

もしや・・・と思っていると、

中継が繋がる直前に、その部分だけ雲が取れて、まさかの太陽出現!!

そして、中継終了とともに、また、黒い雲が広がり、冷たい雪が落ちて来ました。


恐らく、その朝、香川県内で初日の出を少しでも拝んだ方はそう多くはないと思います。

顔を出す瞬間は無理でしたが、奇跡的に2015年の柔らかで穏やかな朝日を拝んだその時、

私の隣には、仕事仲間のKさんがいらっしゃいました。


そのKさんが、2016年の幕開けを待たずして亡くなられました。

2015年12月31日の告別式は、私にとっての仕事納めの日。

告別式には、参列するこが出来ませんでした。


お通夜で拝見した顔は、痛みから解放された本当に穏やかな綺麗なお顔でした。

若々しい元の顔に戻っていました。

もう痛くないんだね・・・。


最後の入院となった12月半ば、もう私にできることが見当たらず、

お見舞いの際に、以前、手作りして部屋に飾ってあった「お地蔵さま」を

置いて帰りました。

そのお地蔵さま、葬儀場にも、ご家族の方がお持ち下さっていました。

そのことを奥様から知らされた瞬間、ただただ自分の無力さだけが胸に迫って来ました。


病気の激痛と共にお仕事を続けられた約1年半、最後は、体重も20㎏ほど落ちてしまい、

普通に歩くことが困難な状態です。

それでも、仕事をし続けました。

私の知るKさんが最後にして下さったことは、

私たちレポーターが乗る中継車(ラジオカー)の洗車です。

その前日、高熱を出され、すぐに入院を・・と言われていたにも関わらず、

入院を一日延ばして、仕事に出て来られたのです。

そして、仕事の最後にされたことが、寒い中での手作業での洗車。。。


なぜ、そこまでやるのか?

なぜ、そこまで出来るのか??

ずっと、分かりませんでした。


でも、お通夜で奥様とお話した際、何度も何度もおっしゃった


「皆さんが受け入れてくれたから。」


この言葉で少し分かった気がしました。

そこまで出来た源は、<感謝>だったんだと、今の私は感じています。


<感謝>


今の私は、まだまだ本当の<感謝>の意味を知らない・・・。

Kさんの生き様と共に、この言葉をもっともっと心に留めて

2016年を生きて行こう。

素晴らしい仕事仲間であったKさんに、心からの感謝を込めて。。。

ありがとうございました。