「読む」のは、本当は大の苦手でした。


何のために?なんて分かりませんでした。


の続きです。




そうそう、

前回までに、【朗読】の始まりは、昔からの憧れでも何でもなく、

(それどころか、本を読むことすら苦手だった私)、突然やって来た流れに委ねての

ことだった話を書き、だから、なぜ朗読をやるのかの「意味」も良く分かっていませんでした。

という話を書いて来ました。



意味を考えずに・・ということは、明瞭な「結果」も想定していなかった訳ですが、

結果を想定して進む「目標型」は、←(目標を持って、頑張りなさいという教育を受けましたね。

私たちは。)

どんなに頑張っても、そこに至らなかった場合、もう、やる気が失せますし、途中で迷いばかりが

出て来ますし、無能な自分を責めて、「こんな私はダメだ~」と、折角、何かをやり遂げて

自信を付けよう、喜びを掴もうとしていたのに、自分を愛するのとは対局の自分を

味わってしまいます。

ガッカリしたり、イライラしたり、落ち込んだり、悔しかったり。。。


それに、途中で”やっぱり、やめよう”と思っても、周りからは、

「夢をあきらめるな。」

「何をやっても中途半端。」

「頑張りが足りない。」

「弱い。」

「計画性が足りない。」

「もっと、良く考えてからやりなさい。」


と、責められます。自分でそう言って責める人もいますね。

励ますことと責めることは、違います。




もし、目標を立てて、その通りに進んだとしても、

それは、最初に立てた「目標」の現実化。

今までは、これで、万々歳だったと思いますが、これからの時代は、

神様や宇宙が、私たちの頭では思いつかないようなミラクルを与えたくて与えたくて

ウズウズしているのだから、下手に自分で、”私はコレでいいです。”と宇宙から見ると

遠慮気味な「目標」を立てるのはモッタイナイ。となりますね。



神様や宇宙と同じスケールで未来を用意している方は別ですが・・。



なので、私のように、宇宙には敵わないな~と思っている人は

願い事をした後、この先どうなるかは、神様や宇宙に委ねる、お任せする。


例えば、「幸せになる」と決めたなら、

幸せになるための条件は、自分で決めない。

「お金に困らない」ことが幸せと決めたなら、その条件を満たさなければ

幸せにはなれないという条件を同時に決めたことになりますよね。

そう決めたぐらいなので、その時、お金に困ると思わせる何かがあったのでしょう。

そして、「お金に困らない」現実に向けての飽くなき戦いが始まります。

でも、そこにエネルギーを注ぐということは、

『お金に困る。お金が無くなるとどうしよう。この先、安定して稼ぐにはどうしたらいいんだろう。』

という、不安や恐れにエネルギーを注ぐわけですから、その思いが増幅されるだけです。

それよりも、『お金はどうにかなる』と思っておいた方がいいです。

何の根拠もなくていいので。


以前、仕事に意欲を失った時?だったかな~。今の仕事を辞めても、

「香川は、うどん屋さんが多いから、いざとなったらうどん屋さんでバイトするわ。

うどん屋さんなら、おばちゃんでも大丈夫やろ」

って友だちに言ったことがありました。

今でも、うどん屋さんのバイトOKですよ。

どうにでもなる。

自分がバイトしだして、繁盛店になったら嬉しいですよね。

新しいメニューとか、一緒に考えてたりして。




本当になりたい自分を本気で感じてみて「お金を困らないように稼ぐ自分」なら良いのですが、

そうでないなら、その条件付けは、そんな自分になるように自分自身をコントロールすることでも

ありますよね。

それは、本当の自分ではなく、偽物の自分を作り上げ継続させて行く人生です。

苦しくなるのは当たり前。

自分をコントロールして苦しくなるのも、人をコントロールして苦しめるのも

どちらも本来の自分から遠のけるだけ。




「幸せになる」とは、

目の前の小さな幸せに気づき、受け取り、感じて、感謝して、

めちゃくちゃ喜ぶこと。

小さな喜びを、一日に何度も受け取ることが出来れば、

その日は極上の幸せな一日。



〇〇でなければ・・・、という条件付けにこだわっているうちは、

苦しみが増大するばかりですよ。

【自分は、足りない】という不足の自分を自分で勝手に創り上げ、

責めているのですから。

そんなことは、馬鹿らしい・・。

もう、やめましょう・・。




ここまで、書いて気が付いたのですが、

最初に書こうと思ったこととは、話しが随分ずれてしまいました。

ちょっと前にも、同じようなことを軽く書いてましたね。

今、伝えたいことはコレなんですね。

こういう時は、自分自身に言いたいことでもあるんです。


最初に書こうと思ったことは、また、書きたくなった時に書きますね。